DXとデータサイエンス
2021年2月9日 横内 大介 氏
私はビジネススクールで教鞭をとっていることもあり、研究室の学生はほぼすべての人が企業に籍をおく社会人です。そのおかげで、大学での教育、研究活動を通じて、多様な企業の方たち、とくにデジタルにかかわる部署の人たちとお会いする機会が多くあります。ちょうど2017、8年くらいのころでしょうか、DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を、彼らの口から頻繁に聞くようになりました。確かにホームページや新聞紙面などのメディアの活字の中にもDXというキーワードがちらほらと現れていました。
具体的に何をなさるおつもりなのですか、と彼らに尋ねると、多くの場合で「社内のデジタル化をさらに推し進めたいです。」「最新のIT技術の導入を検討したいです。」といったいわゆる“企業のIT化“と違いのない回答が返ってきました。そして、社員の働き方改革、暗黙知の形式知化、スピーディーな経営判断、などといういわゆる業務効率化に関するメリットが付け加えられることが多かったように思います。
このような業務効率化はずっと前から叫ばれているIT化のメリットに過ぎませんから、個人的には彼らの言っているDXというものは、なんとなくIT化の言い換えのように感じていました。そのことにずっと違和感のあった私は、偶然、経産省のサイトにあるDX推進ガイドラインを目にし、それを読んだのですが、そこで初めて、IT化はあくまで手段にすぎず、DXの真の目的は企業のビジネスモデル自体を変革することにあるということを理解しました。
たとえば、1965年にアメリカのジェームス・ラッセルが音楽用光学メディア・テクノロジーを発明したことに端を発した音楽のデジタル化技術はCDやMDを生みだし、さらに世の中のデジタル技術やインターネットの発展、デジタル化規格の統一化によって音楽のダウンロード販売やYouTubeなどが現れ、日々音楽市場が変容していく様は、まさにデジタル化によるビジネスモデルの変革の実例ということになろうかと思います。とどのつまり、この例のように、ビジネスにおけるゲームチェンジャーになるためにIT化やデジタル化を進める動きが今のDXのブームと理解したほうがよいかもしれません。
最近では、企業の中で紙やPDFなどで保存していた様々なデータを、プログラムが可読な形(データ分析がしやすい形)でデジタル化する取り組みも加速しています[1]。この種のデータのデジタル化が、具体的にどのような新たなビジネスモデルを作り出すのかは私にはわかりません。しかし、データサイエンスやAIを使ってデータによるDXを起こすためは、なんらかの形でデータの統一規格を作る必要があるとは思っています。統一規格があればデータ分析などのソフトウェアの違いを吸収できます(言い換えれば、統一規格に対応したソフトウェアであればどのソフトウェア上でも使える)し、異なる分野や企業を横断した形で複数のデータを組み合わせて使うことも容易になるでしょう。データに施された加工に関する情報、そして単位、精度、欠損値といったデータの属性情報などの記述方法も統一規格化されれば、それらをデータといっしょに保存することで、いつでもだれでも正確にデータを記録したり利用できたりするという利点が生まれます。そのような規格をもとに新たな仕掛けを作り続けていけば、将来的にはデータ分析すらほぼ自動化されるのではないかと個人的には思っています。
実は、私も大学院生時代にデータの標準化を考えるプロジェクトに属して、データや分析結果を保存する標準規格を考えたり、その規格に準拠するソフトウェアを試作して学会発表したりしていた時期がありました。残念ながらその当時は世の中の人にあまり関心をもってもらえなかったのですが、最近、その当時のアイデアや技術がDXにおけるデータのデジタル化に少しは役立ちそうな気がしています[2]。
音楽のデジタル化が発案されてから音楽の市場が大きく魅力的なものに変化したように、データのデジタル化を通じてデータサイエンスを取り巻く環境が整備され、自分たちが思いもしないデータの使い方やビジネスが出てくるかもしれないと想像すると、なんかワクワクしませんか。ちょっとでもワクワクしたそこのあなた、あなたはもう立派なデータサイエンティストですよwww
- PDFは電子ファイルですが、テキストマイニング等で使うためにテキストファイル化すると改行やスペースが不規則に入ってしまい、データとして使い物になりません。
- 研究するにしても、人材やお金が必要なので現時点ではただの夢物語です。
執筆者プロフィール
横内 大介 氏
一橋大学大学院経営管理研究科 准教授
慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程修了、博士(工学)。慶應義塾大学理工学部数理科学科データサイエンス研究室助手、一橋大学大学院国際企業戦略研究科専任講師を経て、現職。現在、複数の民間企業の技術顧問や社外取締役に就任し、AI開発やビッグデータ分析の監修、データサイエンス人材の育成も行っている。